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ひとり立ち

聖徳大学短期大学部総合文化学科 教授 碁石 雅利

著者プロフィール
1982年國學院大學大学院文学研究科博士課程後期満期退学。博士(文学)。二松学舎大学講師などを経て、現職。専門は日本語学、古典語の構文研究。「古典敬語詳説(共著)」(右文書院)、「平安語法論考」(おうふう)等の著作、「源氏物語作者の言語意識」(聖徳大学言語文化研究所論叢)等の論文、「ベネッセ古語辞典(共著)」(ベネッセ・コーポレーション)等の辞典あり。

1982年春、北海道美々(びび)遺跡から発見された約5000年前の土板には、生後10か月程の男児の足跡が付けられていた。かかとの側に、首から吊るしたと思われる小さな穴も開いていたという。ひとり立ちをしたわが子の成長をこの板によって祝ったのだと推定する学者もある。

今、「ひとり立ち」と言った。自分の足で立つことの意味は、人間にとって重要だ。立つことで、蛇や蛙などの地を這う異形の物から己を峻別する。古代神話に登場する「蛭子」を持ち出すまでもない。古代人は、立つことができなければ、人間とは見なさなかった。一方、立って地面から離れることで、それまで大地から直接得ていた情報を人間は失った。だから、足の立たない者は、地表に近いぶん、むしろ知恵者として崇められたのである。

こう考えると、かの土板は人間が人間であるための属性への、素朴ながら深い省察に基づいていたのだと思う。

ともあれ、貴重な局面を何らかの方法で永く記録に留めようとする我々の性癖は、縄文時代にまで遡るらしい。今では土板から紙の薄板となり、御宮参り、七五三、入学式、卒業式など、ひとり立ちの過程をつぶさに記録している。さらには、フィルムを用いるカメラからデジタルカメラや携帯電話へと進化し、随所で撮影した画像を随時確認することが可能となった。

だが、デジタルデータを扱う機器は極めて脆弱だ。3月に起きた東日本大震災では、紙焼き写真の侮れない耐久性を改めて思い知らされた。

瓦礫の下から家族や友人の写った写真を探す人が絶えない。瓦礫の撤去に際して、アルバムは金庫などと同様に拾得物として貴重品扱いされたという。そればかりか、泥にまみれた写真を水洗いして、修復するボランティアまで現れている。

写真は無碍に扱えない。写真を踏むことは写った人を踏むに等しい。恋人の写真を破り捨てたら、相手とは絶縁だろう。画像を撫でていとおしみ、枕辺に置く。写真は、まさに愛する人の分身であり、形代(かたしろ)なのだ。

「家や家財道具を失ったことより、家族の写真をすべて失ってしまったことが何より悲しい」と言う被災者が数多いと聞く。逆に、亡くなった家族の写真を探し当てた方の映像を見ると、その時のうれしさとうらはらな傷ましさが想像されて心が痛む。

一家4人すべてが津波にのまれながら、奇蹟的に一人だけ助かった少女の記事と写真を目にした。テレビにも取り上げられたから、御覧になった方も多かろう。祖母の手元に残された母の写真を手に取り、「ママ、かわいいね」と小声で話しかけるあどけない顔がある。母親に手紙を書くと言ってノートに向かい、「ままへ。いきているといいね おげんきですか」と大きな字をたどたどしく並べたところで眠ってしまったらしい。その邪気のない寝顔は天使のようだ。どの写真も、その哀切に涙を誘われる。

この子だけではない。震災によって孤児となった18歳未満の子供は155人(5月24日現在)にも及ぶ。そのほぼ全員が親族の元に身を寄せていると知って安堵した。周囲の温かい手によってこの子たちそれぞれの土板は、必ず作られてゆくに違いない。自立という「ひとり立ち」のその日まで。

1歳ごろのものであろうか、帰らぬ妹の写真が立っている。3つになるはずの誕生日だった。小さな手でショートケーキに蝋燭を立てる少女の無垢な笑顔をかすむ眼で見ながら、切にそう信じないではいられない。

Editor: 山下 伸夫
Updated Date: 2011-06-21 17:22:51