Updated Date: 2019-06-17 14:40:27

人間、この悲惨にして偉大な生きもの

聖徳大学人文学部日本文化学科 李 哲 権

 3月11日、日本は地震と津波という大災害に見舞われた。それ以来、日本の天空からは円い太陽が消え、公共施設の天井からは細長い人工の太陽(白い蛍光灯)が消えてしまったような気がする。そのせいか、公共施設のどこに行っても暗い感じがしてならない。87年、私が初めて日本の成田空港に降り立った時、「なんて日本はきれいな国なんだろう」というのが最初の印象だったが、その次のさらなる印象は、「なんて日本は明るい国なんだろう」というものだった。日本のイメージが中国と韓国と違うのは、そのような明るさ(白い蛍光灯)がもたらす差異によるものだった。その差異が、3月11日を境になくなった。日本は同じく暗い感じを帯びた国になってしまった。そのために、人間の精神世界にも太陽の光が射さなくなった。

 日本は疲れたのだ。明治維新以来、ずっとひたすら走ってきていたから疲れたのではない。永劫回帰的な反復のリズムを刻みながらいつも回帰してくる地震のために疲れたのでもない。日本が疲れてしまったのは、すべてを押し流していく、あの終末論的な悪夢のような津波の風景を見てしまったからである。しかし、疲れてしまったのは日本だけではない。全世界も疲れてしまったのだ。なぜなら、世界もいっしょにそれを見てしまったからである。だから、いま、世界は喪に服しているのだ。

 それなのに、楽観主義者たちは声を張り上げて叫んでいる。あのムンクの「叫びの女」のように、声の限りを尽くして叫んでいる。「エジプトを始めとしたイスラム、アラブの世界にいま民主主義革命の春風が吹き荒れている」と。では、聞こう!人間は「民主主義」という精神栄養剤(人間の進化論が調合した地上最強の栄養剤)だけで生きていくことができるのかと。できないはずだ。われわれは誰でも知っている。デカルトのあの「我思う。ゆえに、我在り」が、人間の餓死と凍死の危険性を前にして何の役にも立たないことを。

 だから、私たちは忘れてはならない。人間の顔の下端についているあの口という器官が有している機能と役割を忘れてはならない。それは、自由自在に開閉する単なる穴ではない。それは、ただ精神と意識の指令や指示を乗せた言葉を外へと運び出す、外付けのスピーカーではない。精神も意識も人間の身体が生きているからこそ、生きている寄生虫のようなものだ。人間の身体の生がなければ、精神の生も意識の生も存在しない。身体はすべてに先立つものである。そして口とは、そのような身体の生を可能にする絶対的な器官である。私たちの生のエネルギーのすべてはそこを経由して、身体の内側へと運び込まれるのである。人間も動物も生きものである以上、この口の生に頼らなければならない。もしもこの世に真理があるとした、これ以上透明で、これ以上明証性に富んだ真理はないはずだ。

 3月11日の地震と津波は、もう一度私たちにこの真理の真正性を想起させてくれた。津波ですべてを失った人々は、ただ自分の身体的な生のみを携えて高台へと逃れていた。しかし、彼らの身体的生には、生の連続、生の持続を保障し、約束するものは何もなかった。津波によって寸断された空間は、まるで意地悪をする生きもののように嘲笑いながら、人間が発明した文明の利器の前に立ちはだかっていた。すると、マスメディアは競い合うかのようにそのような悲惨な場面をスクリーンに映し出していた。配給を求めて集まってくる被災者たちの長い列、両親や兄弟の死ですっかり笑みが消えてしまった無数の子供たちの表情、主人を求め、餌を求めて住民のいなくなった街の中を徘徊する猫や犬たちのやつれた姿……、もしあの時、私たちの耳に各テレビ局のあの有名なニュースキャスターたち(=自己宣伝、自己アピール、自己コマーシャルを無銭飲食の形で所かまわずに無意識のうちに実践して止まない現代の芸能人的な最たる寵児たち。彼らにとって耐えられない退屈は、これといった事件の起こらない日々、つまりつまらない「退屈な日々」の時である。そのような日に、彼らは一種の名状しがたい倦怠に襲われるのだ。すると、有名ニュースキャスターたちは有給休暇の残高を消費するために、もう一つの正真正銘の倦怠――エンゲルスはこれを「上層階級のイデオロギーの産物」と呼んだ――へと自分の鈍った身体を横滑りさせていくのである。しかし、3月11日、彼らは総動員されていた。否、動員されたのではなく、倦怠の日々から逃れるようにして、われ先に駆けつけてきたのである。天載一遇のチャンスに敏感に反応する彼らのハビトゥスは、若手や後輩にゆずるという寛容さを知らなかった。ニュースキャスター、人間の悲惨な事故・事件に寄生する生きものたち)の解説の声が届いていなかったら、私たちはまちがいなく錯覚を起こしていたはずだ。つまり、いまスクリーンに映し出されているのは、飢餓に苦しんでいる現在の北朝鮮の現実の映像、現実の風景だと。

 自然災害はarriveするものである。国や民族や地域といった人間的差異が作り出した境界線を突破して、ある日のある瞬間、突然やってくる予測不可能な、不気味な異人(まれびと)、異邦人である。

「日本は地震大国である」

 この一文に内包されているのは、科学的認識でもなければ実存的生の感覚でもない。また意を決した覚悟でもなければ開き直った諦念でもない。地震とは、「到来するもの」である。しかも、背後の世界の過去からではなく、未来から「到来するもの」である。デリダはこのarrive(到達するもの、古フランス語のariverは「岸に到達する」ことを意味し、その語源はラテン語のad 「ヘ」、rīpa「岸」に由来している)を未来から到来する怪物のように不気味なものだと言った。そして、それを自分の文学的でイメージ的な哲学的思索のなかに「到来」させている。彼にとって、このariver(岸に到達する)するものは、「侵入者や侵略者あるいは植民者でもなければ、到来する誰か、ないし何か、あるいは主体であったり、人格であったり、個人であったり、あるいは生き物であったりする誰かないし何かでもない」のである。デリダに言わせれば、それは「歓待それ自身」であり、「絶対的な歓待」である。「日本は地震大国である」、この一文に内包されているのは、デリダのこのような「絶対的な歓待」を日本という海の国の岸辺で迎え入れようとする肯定的な身の構えであり、諦念の強いる「意志」である。折口信夫も『万葉集』の歌の解釈において、ほぼデリダと同様のイメージを持っていた。日本は四面を海に囲まれた国である。ゆえに、遠来の客なる異人(マレビト)は海の向う側または川の向う側から訪れてくる。折口に言わせれば、その時、異人を迎えてそれを歓待するのは巫女たち(神と人間の間に居を構えて、両者の意思疎通を図る媒体的存在)である。日本の海辺や川辺の村にはそのような巫女たちがいて、彼女たちは水辺に設けられた高床式の棚の上で、そのような遠来の客を迎えるために、昼夜を問わずに機を織りながら待っていたという。折口は日本に伝わる「たなばた」の習俗を説明するために、太古の神話の世界に心を馳せて、そこからこうした美しい詩的なイメージを摘み取ってきている。

 したがって、「日本は地震大国である」というこの一文に内包されているのは、「日本という国」、「日本という家」の戸口、「日本という家」の敷居の前には、いつでも遠来の客なる「地震」がやってくる可能性があること、そしてその客がトントンと戸口を叩き、家の主の返答を待たずして、勝手に敷居を跨いで、中へと入ってくる可能性があること、つまり、一言でいえば、日本とは、地震という遠来の客が予測不可能な形で、いつでも前触れなしに突然訪れる可能性のある国であり、家であるということである。

 さらに、「日本は地震大国である」という、この一文に内包されているのは、このような家に住む住民たちが自然を前にした時の謙虚な気持ちであり、悟りに近い諦念である。だから、この住民たちは怒りを見せなかった、地震がすべてを壊してしまっても。彼らは涙を見せなかった、津波がすべてを奪い去っていっても。彼らは信仰をささげるべき神を持っていなかった。だから、彼らは神を恨んだりはしなかった。彼らには自然を前にした時にみせる、あのおごり高ぶらない、穏やかな天性の気質があった。それはどこかニーチェの運命愛に通ずるものであった。だから、彼らは地震がすべてを壊し、津波がすべてを攫っていっても、「日本という家」に住む住民としての威厳と尊厳を保つことができた。だから、地震と津波が去った後、彼らはふたたび立ち上がり、ふたたび仕事に取りかかることができた。もともと言葉の少ないこの住民たち、誰かとしゃべっていても低い声しか出さないこの住民たち、彼らはふたたび頭を垂れたまま、黙々と仕事に取りかかっていた。津波がすべてを押し流した後、ほとんど何も残っていない、均質な物理空間のようなだだっ広い大地の平面の上で、ふたたび我が家の建設に取りかかっていた。そのような彼らの姿を見る瞬間、私はなぜか松尾芭蕉のあの句を思い出した。日本人なら、誰でも覚えているあの句を。

古池や蛙飛びこむ水の音

 私は中学生になった時から父の影響もあって、少しずつではあったが日本のことに興味を持つようになっていた。それから今日に至るまで日本文学だけでなく、さまざまな外国の文学にも接してきた。そのせいもあって、日本人がこの句を好きになる理由もある程度わかっているつもりだった。つまり、この句の有している絵画的(=視覚的)で音楽的(=聴覚的)なイメージにその理由があるだろうと思っていた。しかし、いまの私はまったく違った次元でこの句を理解することができたような気がする。あの黙々と仕事をしている住民たちの姿を見る瞬間、私は悟ったのである、直観に近い形で。つまり、彼らの心の池こそ、蛙の飛び込んだ後のあの静けさをふたたび取り戻した場所であることを、私は無上の喜びをもって悟ったのである。すると、私の想像の世界は勝手に暴走を始めて、中原中也のあの「一つのメルヘン」の世界へと横滑りしていった。

秋の夜は、はるかの彼方に、 小石ばかりの、河原があつて、 それに陽は、さらさらと さらさらと射してゐるのでありました。

陽といつても、まるで硅石か何かのやうで、 非常な個体の粉末のやうで、 さればこそ、さらさらと かすかな音を立ててもゐるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、 淡い、それでゐてくつきりとした 影を落としてゐるのでした。 やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

今迄流れてもゐなかつた川床に、水は さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……

 小さな小川、そこに訪れたのはたった一羽の蝶々、彼女がたとえ「淡い、それでゐてくつきりとした影を落としてゐ」たとしても、その影はふたたび流れ出した水によって、跡形もなくかき消され、あとに残るのはただ「さらさら、さらさら」と流れる水の音だけである。松尾芭蕉の「水の音」も中原中也の「水の音」も、いずれも自然の音である。その音が私たちの耳を通して、私たちの心の世界に染み入る時、私たちの精神世界は水に浸されて、私たちは静かな水の静、穏やかな水の生を自然と共に生きるのである。良い時も悪い時も、水と共にいること、それが「日本という家」に住む住民たちの運命である。つまり、それが台風であろうと、地震であろうと、津波であろうと、とにかくすべてを肯定し、すべてを意志して、そして「来なさい!」と言いながら、両手を広げてそれらを迎え入れようとする姿勢、それこそ「歓待それ自身」であり、「絶対的な歓待」であり、「運命愛」である。 人間と自然、両者は神の差異的な創造によって創り出された被造物ではない。両者の間には宇宙における位階序列の差異は存在しない。両者は一つの共同体を形成するためにこの宇宙にやってきた仲間のような存在である。だから、プラトンは次のように言えたはずだ。

天、大地、神々そして人間は、ともにひとつの共同社会を形作っている。互いに、友情、愛、節制の尊重、公正感覚によって結びつけられているのだ。賢者たちは、この共同体をコスモス、すなわちこの世の秩序と呼び、無秩序とか逸脱とは呼ばなかった。『ゴルギアス』

 しかし、残念ながら神は死んだ。否、ニーチェ曰く、賢くなった人間どもが自らの手で神を絞め殺したのである。そのために、プラトンの神々・大地・天・人間の四重奏には不協和音が入り、変調をきたしてしまった。それ以来、人間どもは神の死を叫びながらやりたい放題になった。「天は、工業生産とその類の諸活動のプロセスが所かまわず撒き散らす温室効果ガスによって、掻き乱され、暖められ、ごちゃごちゃにされ」てしまった。そして、大地は、農民たちによって幾分搾取されて、やややせ細った体躯になってしまった。しかし、それは大したことではない。むしろ、それは大地への愛撫にも等しいものなのだ。人間どものもっとも酷い仕打ちは、その大地の上に自己責任ではどうしようもない「パンドラの箱」なる「原発の箱」を置いたことである。しかも、大地の真ん中ではなく、地震という遠来の客がarriveする海の岸辺=戸口=敷居に置いたことである。昔なら、遠来の客をもてなす巫女たちが居を構えていたはずの場所に、原発という「鉄製の箱」を、人間どもは魔除けの代わりに置いたのである。しかし、遠来の客はその魔除けを恐れずにやはりやってきた。いつものように、何の前触れもなしにやってきたのである。それもそのはず。海の岸辺に置かれたものが単なる箱ではなく、「パンドラの箱」であると分かったら、誰でも開けてみたくなるだろう。それこそ自然の理であるだろう。だから、あの遠来の客は、ついにその濡れた手でその箱に触れ、そしてその封印を荒々しく引き剥がした。自分の通る道の真ん中に置かれた箱を、彼は人間どもの不注意がもてあそぶ意地悪のバリケードだと思ったに違いない。だから、彼は自分が飼い慣らした激流の先端をもって思いっきりそれを蹴飛ばしたのだ。その瞬間、科学技術(人間の地上における最大の宗教)が発明したといわれる「鉄製の箱」は壊れて、多孔質の不気味な物体になってしまった。それでも、熱狂的な科学信者たちは堅く信じて疑わなかった。

 そして何かの守護神ででもあるかのように強い口吻で言った。「箱には、穴など絶対に開いていない」と。しかし、彼らの信心深さにもかかわらず、「鉄製の箱」には穴が開けられ、そこから「パンドラの液体」が漏れ出していた。それでも科学者たちは認めようとしなかった。マスメディアには連日のようにそのような信心深い科学者たちが大学の教授という立派な身分を誇示しながら援軍として演出に駆けつけていた。専門家という御用文人たちである。自らすすんで権力の共犯者になったのではなく、自分も知らないうちに共犯者になってしまった知識人たち。彼らはマスメディアを通して、スクリーンのこちら側に座っている大衆(彼ら専門家にとってこの大衆はオルテガ的意味での大衆だっただろう)に向かって、決して無責任ではない、ある種の信念に貫かれた意志を伝えていた。それは「日本は科学技術の大国である」という信念に鼓舞された意志であった。そのような彼らはその意志とは無関係に、テレビに映るのを意識していたのか、なぜかみんな身なりに気を配っていた。中には眼鏡にも細心の注意を払ってフレームの縁を赤いものにしたキッチュそのもののような存在もいた。本人はダンディだと思っていただろうか。でも、ダンディとは決してそのようなものではないはずだ。ボードレールは言った。ダンディとは「低俗さと闘ってこれを壊滅しようとする欲求、今日の人々にあってはあまりにも稀になったあの欲求を代表する者たちなのだ」と。またこうも言った。「ダンディズムとは、退廃の諸時代における英雄性の最後の輝きだ」と。さらにまたこうも言った。「旅行者が北米にもダンディの典型を見出したという事実は、この考えをいささかも弱めるものではない。なぜなら、私たちが野蛮と呼ぶ種族が、じつは消え失せた大文明の残片であると想定することをさまたげるものはなにもないからだ」と。そのようなキッチュなダンディよりも、作業服姿の被災者の白髪のおじいさんの方がずっと魅力的だった。ヨーロッパの北米ならぬ日本の東北には、そのようなダンディズムを遥かに越えた、この神なき時代における「英雄性の輝き」があった。あのおじいさんは私からみれば、イエス・キリスト以上の存在だった。私はキリスト教信者ではない。それでも、あのおじいさんがある宗教の司祭だったら、私は何のためらいも見せずに、強い信念をもって彼の信者になり、彼に帰依したはずだ。なぜなら、あのおじいさんは牛たちに餌をやりに行っていたからである。「被爆して死んでもしようがない。生きている牛たちを見殺にするわけにはいかないからな」、そう言いながらあの白髪のおじいさんは、あの死の境界線の向う側へと歩いて行った。そして視界から消えていなくなっていた。 私は、おじいさんの後ろ姿に、神なき時代における救済の光のようなものを見たような気がした。

 そのせいか、私がテレビを見てもっとも感動し、もっとも涙を流したのは、あの乳牛たちが空腹と脱水症状で倒れていく姿を見た瞬間である。見捨てられた牛たちは、それでも不平不満の一言もなく、ただじっと立っていた。餌の木箱には餌はなく、ただ彼女たちの舌に何遍も何遍も舐められて、きれいになった木箱の側面だけが、裸の木目をくっきりとさらけ出しながら、太陽の光を受けて白く光っていた。彼女たちの胃袋にももう何も残っていなかった。もう何日も空っぽのままだった。だから、彼女たちはもうそれ以上立っていられなくなっていた。彼女たちは静かにやせ細った身体を横たえていった。もっとも慈愛に満ちた母なる大地に向かって、人間どもに劣らない尊厳と威厳をみせながら、彼女たちは静かに蹲っていった。そして、だんだんと薄れていく意識の中で、自分の本性を忘れていなかったかのように口をもぐもぐさせていた。夢を見ていたんだろう。そして思い出していたんだろう。自分が反芻する生きものであることを、そして自分がいままであの人間どものために何をしていたかを、彼女たちは呑み込んだものを反芻するかのように、反芻していただろう。

「私の一生、私の人生、それはなんだったんだろう?」

 彼女たちはほんとうにそう自分に聞いていたんだろうか。ほんとうにそう自問自答していたんだろうか。わからない。誰もわからない。それでも、人間ともは言っていた。しかも、あのデカルトが言っていた。「machina animata」、すなわち動物は「機械動物」だと。彼に言わせれば、乳牛は単なる牛乳を生産する機械にすぎないのだ。だから、人間どもがそのような機械を見捨ててしまっても特に心など痛める必要がないと。しかし、自己中心的な人間どもは忘れていた。否、わかっていなかった。牛にも心があり、涙があることを。人間の真の善良さ、真の道徳性は何なのか。それはこうだ、とミラン・クンデラはきっぱりと断言した。

人類の真の道徳的テスト、そのもっとも基本的なものは(とても深く埋もれているので、われわれの視覚では見えない)人類にゆだねられているもの、すなわち、動物に対する関係の中にある。そして、この点で人間は根本的な崩壊、他のすべてのことがそこから出てくるきわめて根本的な崩壊に達する。『存在の耐えられない軽さ』

 動物に対する人間の接し方のすべて、慈愛、酷使、愛撫、鞭打ち(トゥリンにいた時、ニーチェはある日、馭者が鞭で馬を打つのを見た。それで近寄っていって、馭者の見ているところで馬の首を抱き、涙を流した。そして、いよいよ人類に訣別する意志を固めた。彼の狂気、それは人間を止めること、人類に向かって「さようなら」を言うことだった。ニーチェからみれば、人間どもは狂気に侵される以外に救い様のない憐れな生きものだったかもしれない)、こうした何でもないようにみえる現象の中に、クンデラは人類の未来と希望、そして崩壊と終末を見ていた。だから、彼は動物への暖かい眼差しをもって、続けてこうも書いている。

そんなわけで、自分たちの横腹を相手の横腹にこすりつける雌牛たちと、テレザは歩みを進め、牛はとても可愛らしい動物だと独りごとをいう。静かで、ずるくなく、ときには、子供のように陽気で、まるで、十四歳のふりをする太った五十女のようである。じゃれている雌牛ほど感動的なものはない。テレザはそれを同情をもって眺めて、人間というものは、サナダムシが人間に寄生するように、牛に寄生して、ヒルのようにその乳房に吸いつくのだと独りごとをいう。人間は牛の寄生虫であると、人間の動物誌の中で非人間はそう定義するであろう。『存在の耐えられない軽さ』

 ミメーシスに、「自然を模倣する人間」という非芸術論的なミメーシスがあるように、「動物を模倣する人間」という非人間的なもう一つのミメーシスがあってもおかしくない。人間と生活空間を共にする牛たちはもはや自然の一員ではない。彼女たちは人間の日常という現象学的な空間を人間とともに生きる現存在ならぬ現存在なのである。人間の子なるテレザ(『軽さ』のヒロイン)は、「自分たちの横腹を相手の横腹にこすりつける雌牛たち」に何かを教えられ、何かを啓示されて、「人間の歴史」をデカルトの主体論的な人間史とは異なった「人間の動物誌」に置き換え、そして「非人間」の口を借りて「人間は牛の寄生虫である」と言い放っている。これは『創世記』に記された神の論理の逆転であり、否定である。

創世記の冒頭に、神は鳥や魚や獣の支配をまかせるために人を創造されたと、書かれている。もちろん創世記を書いたのは人間で、馬ではない。神が本当に人間に他の生き物を支配するようにまかせたのかどうかはまったく定かではない。どちらかといえば、人間が牛や馬を支配する統治を聖なるものとするために神を考え出したように思える。そう、鹿なり牛を殺す権利というものは、どんなに血なまぐさい戦争のときでさえ、人類が友好的に一致できる唯一のものなのである。

その権利はわれわれが階級組織のトップに位しているので、われわれには当然のことのように見える。しかし、たとえ他の惑星からの訪問者のような誰か第三者をこのゲームに登場させて、神様がその者に「すべての他の星の生き物を支配すべし」といったとしたらどうであろう。創世記のもつ当然性というものが、急に問題になってくる。火星人の車を引っぱるためにつながれた人間や、あるいは銀河から来た生き物に串焼きにされた人間が、自分の皿の上でよく切っていた小牛の骨付きあばら肉のことをもしかして思い出し、牛に(遅かりしだが!)謝るかもしれない。『存在の耐えられない軽さ』

 人間どもによる動物の支配、それは人間どもの思い込み――地上的階級組織のトップに位しているという共同幻想――によって正当化されている。「創世記のもつ当然性」は、この思い込みによって支えられている。ニーチェが馬に涙を流したのは、この思い込みからの離脱を表明するためであった。したがって、ニーチェのように狂気に侵されることは、このような思い込み、このような共同幻想からの逃走を意味する。人間どもはもはや自分のことを、世界の中心、世界のトップと思ってはならないのである。鳥も魚も、牛も馬も、そして豚も犬もただ人間どもに支配されるためにそこにいるのではない。それぞれがそれぞれの名前をもっているように、彼たち・彼女たちは彼らなりの生を持ち、そして彼らなりにその生を謳歌しているはずだ。もし彼らの生が人間どもの生と平行線をたどりながらも、どこかで遠近法的に二つの線が重なり合って一つの消失点のようなものをなぞっているとしたら、それはもはやレトリックとしての擬人化――自己中心的な人間どもが自らの生を記述するために考案した生贄の儀式――のためのものではないはずだ。それは動物たちが、神を殺してしまった後の人間どものために、自らを一つの記号、一つのメタファーとして、何かを教え、何かを啓示するためであるはずだ。

 3月11日の地震、津波も単なる自然現象ではなく、われわれ人間どもに何かを暗示し、何かを教え、何かを啓示するための記号であり、メタファーであったかもしれない。その中身がいったい何であるのか、知る者はいないはずだ。あの石原慎太郎東京都知事でさえ。(今日においては、すべてのものがポストモダン的な漂流の潜勢性と現働性を有している。そんな中でいまだある名詞が、あのアダムの命名行為が生み出したアダム的名詞の効果や痕跡を留めているとしたら、それは人間の固有名以外にはないはずだ。東京都知事の固有名の中には「慎むことにおいて長男であるべし」という意味が刻印されている。これはアダム的固有名の解釈法による読みであろうか。)だから、それが何であるかを詮索するのはやめよう。その代わりに、このエッセイの結尾を飾るのにもっとも相応しいと思われるパスカルの次の箴言を記しておくことにしよう。これには、パスカルの慧眼が見抜いてしまった「人間の悲惨さ」と「人間の偉大さ」についての鋭い洞察がある。

宇宙は空間として私を含む。点として呑み込む。私は思考によって宇宙を含むのを理解する。『パンセ』

人間は自分が悲惨であることを知っている。ゆえに、人間は悲惨である、なぜなら、人間は悲惨なのであるから。しかし、人間は実に偉大である。なぜなら、人間は悲惨であることを知っているから。『パンセ』

2011年11月3日

Editor: 正道寺 康子
Updated Date: 2011-12-16 19:16:16