Updated Date: 2019-06-17 14:40:27

復興への産業・金融戦略

聖徳大学人文学部女性キャリア学科 教授 眞壁 哲夫

著者プロフィール
学歴   1970年東京大学卒、日本長期信用銀行を経て、現職
銀行在職中、慶応大学大学院・修士終了
専門領域 経済政策
キャリア プロジェクトファイナンス部長、池袋支店長
米州部長、ニューヨーク支店長を歴任
主要論文 "New trends in International Banking"
Japan and the World Economy, vol.11(1999)pp.157-158
the Center for Japan-U.S. Business and Economic Studies,
Leonard N. Stern School of Business,New York University

東日本大震災は2万数千人の生命を一挙に奪い、この上ない悲しみをもたらしたが、同時に、自動車などの世界的な生産混乱を通じて、部品サプライチェーンでの「製造業王国=東北」の重要性も明らかにした。続いて、悲しみが癒えぬ中、平泉が世界遺産に選ばれたニュースが流れ、東北の文化的・歴史的伝統の深さも認識された。

今後の経済復興では、「製造業王国=東北」の再興と共に、東北の文化的・歴史的伝統を掘り下げて、技術的あるいは文化的・芸術的にも極めて「高水準」で、従って、グローバルに通用する「普遍的な価値」を有する商品・サービス生み出したい。グローバル化の時代だからこそ、地域の特色を活かして差別化を図ることが重要である。しかも、故郷に回帰する意欲に燃えた若者を巻き込んで、大きく発展させる仕組みを作りたい。

そのためには、二段階の金融戦略を実行したい。

第一段階では、「製造業王国=東北」を支えた企業とともに、伝統手工芸品・織物などの歴史を絶やさないように努力してきた企業、味噌・醤油あるいは清酒などの地方食料品を製造してきた企業、あるいは農漁業関連の多くの企業などの復活を支援する手立てを設ける。

これらの企業は震災まで地道に事業を継続し、十分に信用を維持してきた企業である。しかし、震災の中で、事業継続に必要な資産や設備が倒壊あるいは破損したり、津波で流失したりの被害に会っている。それでも事業のために金融機関から借入れた債務の返済が残っており、その返済に悩むケースが多い。

そもそも震災や津波の被害は「神の仕業」ともいうべきもので、他人にはその責任を問えない。つまり、他人にその弁償を求めることができない。しかし、社会が手を打たなければ、その被害を受けた企業自体が責任を負ったのと同様になる。債務は残っているからである。そのままでは既往債務は、金融機関から見れば、いわゆる不良債権になる。

それらの企業が事業を再開しようとすれば、新たに資産や設備を整える必要がある。しかし、そのための資金はどうするか。既存の借入に加えて、新たに金融機関から借入を起こさねばならない。借入残高は膨張する。資産や設備の能力から見れば、「二重」に借り入れることになる。「二重ローン」と言われるゆえんである。企業にとっては同じ売上高で、元利返済額が「二重」になり、返済が難しくなるのは当然である。ということは資金を貸す金融機関にとっても、通常の貸出基準に依拠すれば貸せないことになる。不良債権先になるのが確実な企業に貸すことはできないからである。廃業の可能性も出てくる。

この難問を解決するために、「徳政令」のように金融機関が債権放棄する、つまり既存借入はなかったことにするアイデアも出されている。しかし、債権放棄した金融機関の経営が苦しくなるのは当然であり、一部を財政から補填するにしても、東日本地域の金融機関の経営を圧迫することになる。復興支援の機能も果たせないことになりかねない。

また、そもそも震災前は健全に経営していた企業であれば、既存債務が消滅して、新たな設備などで事業を再開できれば、順調に進む可能性は高い。困難は事業再開時点だけの問題とも言える。このような企業に、一方的に「徳政令」をしくのは、また、「過ぎたるは及ばざるが如し」の面もある。昔の事業の延長でしか経営を考えられなくなり、「高水準」でグローバルに通用する「普遍的な価値」を有する商品・サービスを生み出し、それによって元利返済を早めようとの発想が出にくくなる。

結局、事業再開時点の困難の大きさを考慮して、再開後の事業が軌道に乗るまでは企業を支援する。しかし、いったん事業が軌道に乗れば、企業は支援者に対して、通常以上に収益を還元する仕組みを作りたい。具体的には、既存債務は「普通株」ではなく、「優先株」(株式として、元利返済の義務はなく、議決権がないため、経営には参加できないが、優先配当などを設定できる)などに転換し、元利返済について、借入のようには義務付けず、事業再開時点の困難を軽減する。しかし、事業が軌道に乗れば、「優先株」への配当の優先、「優先株」を償還する義務を負わせる。配当や償還が義務付けられるため、経営を再建するために努力する、あるいは、新たに「高水準」でグローバルに通用する「普遍的な価値」を有する商品・サービス生み出して、債務を早く軽減する緊張感が生まれる。

既存債務の「優先株」への転換に当っては、地域金融機関にも一部の負担をお願いすることによって、企業の経営指導に責任感を持たせることができる。しかし、過度の負担を与えないよう、政策金融により設立された「基金」(後述)が大部分を引き受けることも必要である。

以上の仕組みでは、これまでの事業の復活にとどまる。第二段階として、新たな事業の創出、すなわち、「高水準」でグローバルに通用する「普遍的な価値」を有する商品・サービス事業を開発する金融の仕組みを考えたい。故郷に回帰し、地域との新たな「絆」を大事にしたい若者の気持を汲み、その意欲とエネルギー、若さをまとめ上げるとともに、地域が主導する仕組みを創り出したい。

具体的には、「東日本開発基金」(以下、「基金」と略)を自治体に設け、地域の識者・住民参加の投資適格認定委員会を設置する。そこで、「高水準」でグローバルに通用する「普遍的な価値」を有する商品・サービス事業を開発するのに適格と認定された事業に、「基金」は「優先株」ではなく、「普通株」で出資する。事業が成功して上場すれば自治体に上場益が発生する。さらに多くの出資が可能になる。事業者自体も上場益を目指して頑張る意欲が湧くので、故郷に回帰し、地域との新たな「絆」を大事にしたい若者の励みにもなる。なお、上場については地方証券取引所を開設し、地方の目で経営が軌道に乗ったかを判断する。従来の全国レベルの証券取引所では地方の目が働かず、一定の評価に達するのに時間が掛かりすぎるからである。

「基金」の資金調達には工夫を凝らす。地元企業・住民だけでなく、広く他地域からも震災支援の企業や人々などに出資を求める。さらに、地域商品券を全国的に発売し、額面の10パーセント分を基金出資金として余分に払い込んでもらう仕組みも導入する。その商品券は東日本地域の商品やサービスを10パーセント割引で購入できるメリットを付与する。地域事業者からの買い物に使え、地域内消費を促進することが期待される。結果として商品を販売する企業が、価格割引を通じて出資金10パーセント分を負担することになる。ただし、他地域の人々の商品券購入もあるので商品やサービスの販売総額が増加し、その分だけ商品やサービスを販売する企業の利益が増えるプラスがある。

以上のように、地域の自主性を活かし、地域の文化・歴史を踏まえた「高水準」でグローバルに通用する「普遍的な価値」を有する商品・サービスを創り上げることは、経済発展の歴史に即しても、実現可能性が高まっている。

近代資本主義の歴史を振り返ると、「機械」の発明による「産業革命」、その産業連関の下で、鉄鋼などの「素材産業」で「0.6乗の法則」(設備容量増大に対し、建設費は0.6乗でしか増えず、結果、規模が増大しても、容量当り建設費が減少する)に基づく設備巨大化が進み、さらに自動車での「大量生産」が「組立産業」全般に広まる展開を通じて、人類の歴史では、かってない高い経済成長を実現した。貫いている「法則」は「規模の経済」(規模の増大による生産コスト低下)であった。この結果、地球上の人口は急激に増加した。「産業革命」前の15,16世紀には数億人であったのが、今や、70億人弱にまで人口は膨張している。

金融の仕組みを見ると、「産業革命」段階では手形割引などの「流通金融」主体であったが、鉄鋼など「素材産業」の設備巨大化の段階では、「株式会社」の普及とともに「株式金融」に移行し、いわゆる「金融資本」の成立を見た。「大量生産」段階はその延長上にあった。ここでも「規模の経済」が働き、金融事業の巨大化が進行してきた。

以上の経済発展は、時代ごとの「先進国」が人件費の安い「新興国」に追い上げられるプロセスを取り、その構図は現在も続いている。今や、「日米貿易摩擦」は歴史となり、「米中貿易摩擦」の時代に入っている。日本も米国同様、中国などの「新興国」に追い上げられている。今回の震災によって、電力供給制限の下、工場の海外移転が進むことは避けられない。

翻って、これから創りだそうとしている地域の文化・歴史を踏まえた「高水準」でグローバルに通用する「普遍的な価値」を有する商品・サービスは、従来は、「高水準」であるが故に、地域市場での顧客が少なく、経済性が成り立たないと考えられていたものである。「高水準」は「高価格」であり、「高水準」を理解してくれる人しか購入してくれない。地域の人口の少なさを考えると、経済性が成り立つほどの市場はない、と考えられがちであった。すなわち、「規模の経済」以前に、経済性が成り立つほどの規模の市場がないと思われていたのである。

しかし、1990年代に始まった「IT革命」は、その前提を大きく変えた。

「IT革命」によって、ネットで世界中が瞬時につながる時代に入った。従来は、店頭に並べている商品の中では、「高水準」の商品は顧客が少ないので売れ行きが悪く、すぐに撤去される。しかし、「ロング・テール現象」と呼ばれるように、ネット時代には、「高水準」の商品の存在が確認できれば購入者は登場し、市場が広がって経済性が生まれる。

「新興国」に追い上げられる日本のような国は、「IT革命」を経た現在、「高水準」の「高価格」商品・サービスにシフトするのが成長戦略になる。

ここで大事なのは、ネット時代でのマーケティング戦略と新たな信用制度である。

ネットで世界中の誰でもホームページを見られる時代は、見る方からすれば大海にボートで乗り出して目的の商品やサービスを発見する時代でもある。しかも、言語の障壁もある。容易には「高水準」の商品やサービスのホームページには到達できない。この課題を解決するには、優良顧客の組織化を図らねばならない。先ずは、理解してくれる仲間を見つけ、口コミではないが、評価情報を広げる仕組みを作る必要がある。かえって、ホームページの英語版から海外にネットワークを広げ、日本に「逆上陸」を図るのもよい。内向きになった日本からの脱却も実現できる。

次に、世界中に顧客ネットワークを広げる場合、「高水準」の商品やサービス供給者の信用を確立しないと、潜在顧客は顧客にならずに終わってしまう。約定どおり商品やサービスを届けてくれるのか心配だからである。このためにアマゾンや楽天などのネット販売ビジネスが成り立っている。

しかし、そもそも地域に根をおろしている金融機関にとっては、商品やサービス供給者の信用補完は、「産業革命」段階の「流通金融」に見られるように、基本的な機能であった。ネット販売ビジネスだけに任せるのはもったいない。金融機関は「基金」への出資とともに、適格認定の会社への信用補完をビジネスに取り上げることを期待したい。しかも、この金融事業は地域に根ざしていることが優位性を確立するものであり、「規模の経済」、金融事業の巨大化とは無縁である。ここにも新たな成長源泉がある。

以上
Editor: 山下 伸夫
Updated Date: 2011-06-28 20:36:59