Updated Date: 2019-03-13 16:42:28

災害看護活動に求められる技術と使命

聖徳大学短期大学部総合文化学科 准教授 横井 雅代
著者プロフィール
最終学歴 旭中央病院附属高等看護学校卒業
専門領域 看護学・介護学
キャリア 聖徳大学短期大学部准教授
主要著作 『介護福祉士養成テキストブック「介護課程」(テキストの一部を執筆)』(ミネルヴァ書房)
論 文 介護福祉士学科の卒業生の動向に関する研究(日本介護福祉教育学会) 介護福祉教育 第14巻第2号

日本看護協会ニュースの災害支援ナースの活動によって言える事として、今回の震災は、かってない規模であり被害地域が広範囲にわたっているため、中長期に支援が必要である、ということである。

日本看護協会は、3月11日に災害対策本部を立ち上げ、都道府県看護協会63万人の会員に、災害支援ナースの登録を呼びかけた。私にも連絡が来て、すぐにでも支援したいと言う使命感に駆られたが、仕事のため登録できなかった。同じ思いを懐いている看護職は数多く居ると思うが、実際に行動に移せなくても、支援したいと思うこと自体も支援の一つではないかと考える。

日本看護協会では、東日本大震災の被災地支援のため、岩手県、宮城県、福島県の病院や避難所などへ3月21日から災害支援ナースを派遣し、4月末日までに941人(延べ3674人)が被災地で活動した。災害支援ナースは、救急外来や夜勤を含む看護業務に当たり、被災地の看護職の業務負担の軽減に貢献した。避難所などでは24時間常駐し、被害者の急病への対応や健康管理をし、重症化や感染症の拡大阻止に向けた活動を行った。特にライフラインの復旧が遅れていた宮城県の支援には、県看護協会に現地対策本部を置き、被災地を回り、支援ニーズを把握し、気仙沼市や石巻市の30ヶ所以上の避難所への看護職の配置についてコーディネートするとともに、生活環境や衛生状態、支援物資の調達状況を情報収集し、環境改善への働きかけを行ってきた。

石巻避難所ではインフルエンザが流行ったため、衛生指導を徹底した、仙台の病院では、ヘットライトを点けての分娩介助を行った。また、阪神淡路大震災を経験した看護師に緊急の対応を任せ、看護部長自ら炊き出しや、農家に掛け合い患者や職員の食料を確保した、という。気仙沼市立病院では避難してきた難民2,000人を受け入れ病棟を開放し、玄関ロビーにも布団を敷くなどの対応をした。

福島県立医科大学付属病院では、緊急被爆施設があり、地震発生2日目、原子力発電所の1号機が水素爆発し、20㌔圏内の病院から患者が搬送されてきた。何の情報もなく、どのような患者なのか分からない状況の中で、病院では、実習用のベッドを用意し、マットを敷いた。炊き出しや水の補給では看護学部の教員や学生の応援があった。

看護職には普段からその使命を全うすることが身についていて、被災地の看護師の多くは自らも何らかの被害を受けたにも関わらず、看護職という公職であることを優先し、被災直後から職場や被災者を守るために、家に帰るよりも病院に寝泊まりすることを自発的に選ぶ方や、交通機関が麻痺し、ガソリンも無い状況でも数時間かけて通勤した方がいた、という。まさに、看護師の使命感を見る思いがした。

これらのことは、テレビでも放映されていて感銘を受けた。精神的ストレスを感じながらも、職制からくる使命感と責任感により必要以上に無理をしていた看護師の方が、災害支援ナースを受け入れることで「不眠不休が解消されて患者に十分な看護が提供できるようになった。精神的に癒され、専門職としても啓発された」と述べていたのが印象的だった。

災害初期の緊急時には、病院の機能維持のためのマンパワーとチームワーク必要である。災害対策はどこの病院でもマニュアルがあり備えていると思うが、日頃から実践している病院は少ないと考えられる。私が日赤病院に勤務していた時には医師、看護師、助産師など医療チームが組まれていて、日赤から災害地に救護活動の指導者が派遣され、勤務時間内に病院の外で災害に即したトレーニングを定期的に実施していた。災害発生時には支援活動を行っていた。

こうした災害に対応した緊急時トレーニングは、他の病院では見られない光景ではないかと思われる。看護学校でも必修科目の「赤十字災害看護論」「救急法」において、学生全員が国内外の災害時に展開される救護活動の基礎知識・技術を修得できるよう授業内容が組まれている。今後は、災害に即した基盤作りと、災害看護を推進する人材を多く育成することが重要課題ではないかと考える。

Editor: 山下 伸夫
Updated Date: 2011-06-28 20:34:02