Updated Date: 2019-10-28 14:00:52

風評に惑わされない合理的思考の育成

聖徳大学短期大学部総合文化学科 教授 野中 博史

著者プロフィール
1969年明治大学文学部卒業。日刊工業新聞社科学技術部長、秋草学園短期大学教授、宮崎公立大学教授などを経て、現職。専門はマスコミュニケーション論、文章表現法。「生命操作社会からの警告-デス・コントロール」(三一書房)、「ハイテク企業最前線」(教育社)、等の著作、「不合理なニュースの受容」(宮崎公立大学紀要)、「高木兼寛論-我れ女工の哀しみを知る-」(宮崎公立大学地域研究センター)「言葉のイメージと情報受容の相関関係」(聖徳大学紀要)等の著作・論文あり。

風評と「信じたがる脳」

事実ではないのに、噂によってそれが事実のように世間で受け取られ、被害を受けることを“風評被害”という。最近では事件や事故をきっかけとして、マスコミが過熱報道をすることで、曖昧な情報である噂が広がり、特定の地域や産業界、企業などに経済的な損失が生じる場合も含めて風評被害と呼ぶようになっている。東京電力の原発災害による農家などの風評被害は、その最たるものである。

だからといって、報道を非難したり、噂話を信じる人々を批判したりすることはできない。一定の蓋然性のもとでリスクを報道するのは報道機関の使命であるし、人がリスク情報に耳をそばだてるのは、安全を確保したいという生存本能によるからだ。 そもそも、人はうわさ話を信じやすい。ジェームズ・オールコック(米)は、ヒトの脳を「信じたがる脳」と呼んでいるが、それは幼児が母親を無条件で信じるように、生き延びるための行動の習性であり、「真実であるから信じるわけではない」という。つまり、根拠がなくても、真実でなくても、人は与えられた情報を信じやすいということである。

根拠のない情報に騙されるのは常態?

筆者が大学生や高校生を対象に行った次のような「騙し」の実験でも、オールコックの説を確認できた。実験に使った資料は2006年4月1日付けの朝日新聞「祈りの効果はなし」(A)という記事と、その記事を筆者が改ざんした「祈りの効果は大」(B)という偽の記事である。まず、偽の記事Bを読んでもらって、①記事の内容は信じがたい②人間に は霊的な能力が備わっている③実験の誤りではないか④祈ることで人間は不思議な能力を発揮する―の4択方式でアンケートに答えてもらったところ、大学生では全体の46%、高校生では75%が②と④、つまり「祈りの効果はある」を選択した。いとも簡単にとんでもない偽情報に騙されたのである。

(A: 本物の記事: 朝日新聞06年4月1日)    (B: 偽物の記事)

本物のAの記事は「米国のテンプルトン財団が行った実験で、心臓手術をする患者にまったく無関係の他人が手術の成功を祈ったが、その効果はなかった」というものである。科学的、合理的に推論すればごく当然の内容である。これに対し、記事Bの偽の記事は「無関係の他人が祈ったところ、その効果は大であった」という内容である。合理的に考えれば祈りとその効果との間には因果関係が全くない荒唐無稽な話である。高校生、大学生ともなれば「そのような合理的根拠のない話は信じられない」と答えるのが圧倒的に多くてもよいはずだが、実験では「不合理な情報でも信じる」のが常態であるという結果になった。

修正能力は高いが、「信念の慣性」も低くはない

ところで、合理的根拠のない荒唐無稽な情報に接してそれを信じ込んだ人たちが、合理的な情報に接すると、見方を修正するであろうか? そこで、被験者(大学生)に本物の記事(A)を示して、アンケートで答えてもらったところ、本物の記事の合理的な内容を信じる学生が当初の54%から77%に増加、偽の不合理な記事を信じる意見は46%から23%に減少した。学生が自らの認識の間違いを認め、より合理的な方に見方を修正したということである。しかし、見方を修正しない学生も23%に達したということは、合理的な認識への修正能力は高いが、一旦信じ込むとその認識を保持し続ける「信念の慣性」も低くはないことを示しているといえる。

合理的情報の提供と、柔軟な思考力が大切

以上の実験結果の意味するところは以下の通りである。

  • 非合理的な情報に接すると、合理的な思考が埋没する可能性がある。
  • 非合理的な情報に接しても、合理的な思考をしたり懐疑心を持ったりする人はいる。
  • 非合理的な情報に接した後、合理的な情報に接すると合理的な思考に変わることが多い。
  • いったん非合理的な情報に接して信じ込むと、合理的な思考に接しても、非合理的な思考が完全になくなることはない。
筆者の実験は、情報の送り手が合理的な根拠のある情報を継続的に提供し続けることが、風評被害を無くす上でいかに大切であるかを示すものである。同時に、情報の受け手は、判断の根拠を一つの情報だけに頼らないこと、信念を頑固に貫き通すのではなく、常に懐疑心を持ち、柔軟な思考を心がけることが大切であることを示している。

Editor: 野中 博史
Updated Date: 2011-07-13 14:26:37